「ピカチュウ大量発生チュウ!」。2014年から2019年まで、横浜みなとみらいで毎年夏に開催されていたイベントである。
一週間程度の期間中、みなとみらいの主要な施設――みなとみらい線みなとみらい駅、JR桜木町駅、ランドマークタワー、パシフィコ横浜、日本丸、赤レンガ倉庫など――をポケモン一色に染め上げ、ピカチュウ(など)の着ぐるみによる行進やステージショーがエリア内の各所で開催される。祭りだ。
2020年以降はコロナ禍に伴って休止されていたが、今年2023年にはパシフィコ横浜で行われるポケモンバトルの世界大会との併催という形で「ポケモンワールドチャンピオンシップス2023横浜みなとみらいイベント」として事実上の復活を遂げた。
今年は混雑防止のためか、ステージショーなどは事前予約制となっていた。レポとしては中途半端でごめんだが、雰囲気だけでも伝われば嬉しい。他、フォトスポットも広範にあったり、ドローンショーが凄かったらしいですよ。
初開催時の衝撃
さて、ここからが本題だが……これって一体なんなのだろう?
遡ること9年前(!)、初開催の2014年夏。桜木町駅から一歩出て、この光景を初めて見たときの衝撃はなかなかのものだった。
駅前広場ではピカ耳カチューシャが無限に配布されていて、子供も大人もそれを着けて歩いている。黄色いコスチュームに身を包んだお姉さんが笑顔を振りまいている。そこら中に設置された大小のピカチュウバルーン。右を見ればビルの壁面にでかでかと貼られたポスター、左の遊歩道には吊り下げ旗がはためき、モールに入れば天井からはピカチュウのぎっしり詰まった謎の装飾がぶら下がる――どこを歩いてもあの黄色い姿が視界に入る……
まるで街ひとつが丸ごとテーマパークになっているよう。用意された様々なショーやアクティビティももちろん楽しかったけれど、何よりも居るだけで心躍るような空間がそこにあった。
周囲を見回せば子供の姿が一番目立つが、思いのほか大人の姿も多い。そう、このイベントを成功させた真の要因は、ポケモン好きの子供だけでなく、昔ポケモンが好きだった、普段浮かれることの許されない大人にも目配せしたことではないだろうか。大人だってカチューシャして街中を歩き回りたいし、水かけられてはしゃいだりしたいのだ!
各種テーマパークというのは半分その欲求を満たすためにあるんだと思う。しかし繰り返しになるが、このイベントが特殊なのは、テーマパークではなく街中を舞台にしているところだ。
何故やるのか? 何故ピカチュウなのか?
これらの催しはほとんどが無料。ごく一部入場料制のイベントがあったり、各所でグッズを売ったりはしているものの、割に控えめ。だいたい混んでいて買いたくても買えないくらいなのだ。年々商売っ気が薄れていくような印象もある。どう考えてもイベント単体では赤字だ。いや、もしかしたら各施設から何らかの利用料のようなものがあるのかもわからないが、それにしたってひとつひとつの催しで十分にお金が取れるような内容を、お客さんに無料で提供していることには変わりない。
では何のためにこんなことを?
特定のキャラクターが街一つを徹底的にジャックする。その主役がピカチュウやポケモンであるというのは機能面では納得のいくことだ。これしかないとも言える。老若男女誰もが知っているキャラクターでありながら、オンリーワンではなく飽きるほどたくさん居ても構わない。むしろたくさんいればいるほど面白みがある。そんな存在は他になかなか居ないだろう。
でも同時にそれはとても奇妙でもある。
町ぐるみのイベントは、ある意味ではテーマパークよりも敷居が高い。そこは公共の空間で、住む人や働く人にとっては生活の空間でもあるからだ。
みなとみらいは埋立地に作られた計画都市。近未来的なショッピングモールやオフィスビルが建ち並ぶ、美しい景色が売りのデートスポットだ。普段はそれなりのおしゃれタウンであるそんな街に、たかだか四半世紀ちょっとの歴史しか持たないゲームキャラ、この小さな黄色い電気ネズミが跋扈することが許されているのはちょっと不思議だ。
前にも書いたが、ポケモンのことを冷静に考えると妙な気分になる。
小さな子供向けのキャラクターか? 二十年前はそうだったような気がする。大学生や、若い親世代にも人気のキャラクターか? 十年前はそうだった気がする。今はどうだろう。このモンスターはじわじわと、老若男女みんなが知っている、あらゆる場所でそこに居て当たり前のキャラクターとしての市民権をもぎ取っていきつつある。
そりゃ、ポケモンが何故成功したのか? なんて問いには、ゲームが面白くて、ゲームボーイという歴史的プロダクトと相まって滅法売れたからだよとか、アニメが良く出来ていたからだよとか、キャラクターデザインが魅力的だったからだよとか、早くから海外展開を上手くやったからだよとか、いくらでも理由はあるんだろう。それにしてもだ。それにしてもあまりにも大きすぎである。ゲームボーイの画面の中でヂャァァァッって鳴いてた頃に、こんなことになるなんて想像したか? なぁピカチュウよ。
何故許されているのか。それは長年にわたって多大な努力が払われた結果だろう。このイベントもきっとその一つだ。
イベント単体の採算よりももっと大きな目的――ポケモンという存在そのものの拡大計画の一環として、この奇祭は粛々と執り行われているのだと思う。居て当たり前の存在にして、我々の生活に溶け込ませようとする、そうこれは侵略である。いずれポケモンは本当に世界を征服するのかもしれない。
いや、もしかしたらもう既に……?
ピカチュウたちはたぶん来年も、夏の訪れと共にみなとみらいを侵略しにやってくる。
無料イベントということもあって行列・待機列は覚悟した方がいいイベントなのだが、必ずしもそこまで頑張る必要はない。みなとみらいを観光がてら、目の端に映り込むピカチュウたちを眺め、ただあの空気を吸って異空間を感じるだけでも価値のある祭りだと、久しぶりに目にして改めてそう思った。
ゲームが現実を侵略する。ゲームファンなら一度は見ておきたい、痛快な光景がそこにある。